2006年08月31日

ダニエル・バレンボイム

音楽、平和への前奏曲

ウェスト=イースタン・ダイヴァン・オーケストラ(West–Eastern Divan Orchestra、以下WEDO)は人道主義的な理想に基づくものです。それは、エドワード・サイードの生涯において、そして私の人生においても欠かすことのできない重要なものとなりました。私たちが共にした理想は、このオーケストラのおかげで生き続けています。私たちの行動が世界を変えることはないかもしれないけれど、それは前進する一歩になります。それは終わることのない対話であり、そこでは音楽という肉体的かつ抽象的な普遍言語が、私たちが若者と交わす対話、そして若者同士の絶え間ない対話と合流します。

私たちはこれを政治的なプロジェクトではなく、むしろイスラエル、パレスチナ、アラブ諸国から集まった若者が自由に公然と意見を表明でき、かつ他人の語ることを聞くフォーラムとして考えています。それは必ずしも、他人の語ることを受け入れたり、その物語に賛意を示そうとすることではありません。その正当性を認めることです。私たちが信頼しているのは、絶対に必要とされる二つの政治的意見だけです。

−イスラエル‐パレスチナ間の紛争に、軍事的解決はない。

−イスラエルとパレスチナの民衆の命運は解き難く結びついており、一部の人間が大イスラエルと呼び、もう一方がパレスチナ名づけるその土地には、二つの民が受け入れられねばならない。

WEDOを可能にしたのは音楽であり、それは音楽が言葉の言語とは異なり、語の連想に縛られることがないからです。音楽は、自分と交わらないもの、自分と反対のものを押さえ込むものなど何も存在しないことを教えてくれます。したがって、いかなる要素も完全に独立していることはありません。というのも、関係とはその定義からして相互依存的なものだからです。私は深く信じています。もしも、音楽はいかなる些細な問題も解決する力ももたず、フェルッチョ・ブゾーニが述べたように「鳴り響くそよ風」でしかないとしても、音楽は私たちに考えることを教えてくれる、人生の学校であると。音楽おいて、私たちは主要な主題〔=主体〕のヒエラルキーを理解して受け入れ、対主題〔=反対のもの〕の絶え間ない存在や、時には正拍から外れた〔=反体制的な〕リズムの存在すら受け入れるのです。

「WEDO独立主権共和国」―私の好きな呼称です―では以下のように考えられています。イスラエル‐パレスチナ間の係争に進展をもたらすためには、二陣営それぞれが語り、感性に訴えかけ、また、苦痛を感じようが相手に耳を傾けなければならない。この共和国の多くの市民にとって相手の陣営の苦しみを聞くのは初めてのことですが、そこで避けがたく体験するショックにより、過去や、かくも長い間続くこの苦しみについて考えるよう迫られるのです。

私は、道徳性と戦略は互いに疎外しあうことなどなく、実際のところこの紛争においては手と手を取り合って進むのだと考えるようになりました。もし双方が語ることが両方とも正しく、また双方の民衆の命運は切り離せず、軍事的解決もありえないとしましょう。すると、相手が語ることを受け入れることで、長い目で見れば一方にとって良いことがもう一方にとっても良いことであるという、当然の結論に必然的に至るはずです。これは道徳的結論なのでしょうか、それとも戦略的結論なのでしょうか。私はその両方であると確信しています。

イスラエルはイスラエルが存在する権利を保有することに反論の余地はありません。パレスチナの民衆に正統な主権国家を樹立する権利があることにも反論の余地はありません。イスラエルは安全を確立する必要があります。パレスチナ人には平等と誇りが必要です。そして、イスラエル人とパレスチナ人のみがお互いに相手の必要を満たすことができるのです。イスラエル軍がいくら強力でも、全イスラエル人が望む安全を保障することはできません。イスラエルの安全は長い目で見れば、パレスチナをはじめとする隣国に受け入れられることでしか得られません。今のところ、パレスチナ人に平等と誇りを保障できるのはイスラエルのみです。土地の占領はずっと前に終わっているべき障害なのです。

一方的な決断は破滅的な結果をもたらすことが明らかになりました。直接、間接的な関与による双方の誠実で勇気ある交渉のみが、イスラエル人、パレスチナ人双方の生存可能な条件の母胎となりうるのです。

互いに内向きになってしまっては、問題は深刻になるばかりです。互いに心を開くことこそが解決を可能にするでしょう。人々は私のイニシアティヴに感服していると言いますが、ほとんどの場合、私の素朴さをほのめかすことを忘れはしません。しかし、60年来うまく行ったためしのない軍事的解決案に頼るほうが、よっぽど素朴ではないでしょうか。

今年、WEDOはよりいっそう力をこめて、残忍さと野蛮さに立ち向かいます。多くの善良な市民の存命、また理想と夢の実現が妨げられてきました。過去の教訓は忘れ去られ、まったく理解されていません!本質は時間によって明確になるのみならず、直に影響を受けます。どれだけ時間がたてば、この地域の民衆はこの事実を受け入れ、過去とは現在への経過でしかなく、現在こそ未来へと続いているのだということを思い起こせるのでしょう。また、暴力的で残酷な現在が、さらに残酷で暴力的な未来へと続くことは避けられないのでしょうか。

このオーケストラのメンバーは、どのような出自であれ、勇気と、理解とすばらしい先見の明の持ち主です。

彼らが中東の新たな思考法の開拓者となることを願います。


フランス語版(英語からの翻訳)
http://www.lemonde.fr/web/imprimer_element/0,40-0@2-3232,50-804495,0.html
posted by LT at 14:08| 賛辞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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